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EU圏(北欧)旅日記 [2016年5月12日~2016年6月12日]

3年ぶりの自分探し。旅日記、ご笑読下さい。

第91回ピースボート フライト&クルーズ

 

一面の砂漠に、田の字状にきれいに舗装された道路のみが見える。

しばらくすると、区画整理された砂漠に家らしきものが見え始める。

なんて表現すればきちんと伝わるのだろうか。

数が極端に少ない。おそらく1区画100坪はあると思う。

ただし、日本の家とは異なり、区画された中に家らしき形状の屋根は見えるが。。。。。

 

どの区画も庭らしきところに、緑がない。

ただ砂漠の上に道路を作って、区割りして家を建てたのだろう。

だから庭は砂漠の一部。砂のままだという。

 

着陸時にフライトアテンダントにそのまま質問した。

ドバイの気候(典型的な砂漠の気候、昼間は暑すぎ、夜は寒すぎる。さらに、その土壌は砂。)のせいで、植物が一切育たないらしい。

写真を撮っておきたかったが、すぐに着陸してしまった。

 

次のフライトの際、撮ればいいと思っていたが、海へ向かって離陸。。。。残念。

ちなみに、今の現地時間、9AM、気温38度。

 

パルテノン宮殿から、アテネの街並み

オリンピックの開催地 パルテノン神殿 階段・神殿すべてが大理石。

19世紀(明治時代)に作られた円錐形に傾斜がついている。

すべての柱を5千m上空に向けて線を結ぶと1点に集約される構造。

どのように作られたのだろう?

 

ギリシャの総人口は、1000万人。そのうち5百万人がアテネで生活しているとのこと。

人は優しく、親切だが、街に活気がない。

どうやって生活しているのかまったく想像できない。

昼間の気温、28度。寒いところに旅行しているつもりなのだが。着る物がない。

前日のTシャツにGパン。と、昨晩、アテネで€39で買った、サングラスをしてパルテノン神殿に登った。ギリシャで一番高いということを次世代まで続けていくため、建築条例で、35mまでしか建築不可としているらしい。

 

食べ物の物価は、高いと思う。ビールを一缶、港のキヨスクで買った、500lが€4。絶対ぼられた!

今日はとっても疲れた。

おやすみなさい。

同部屋の人がまだ戻らず!

 

この船のキャプテンです。

一日中船上。

ふとしたきっかけで、シリア難民を中心に貧困問題等に活動されている方のお手伝いをさせていただくことになった。

ギリシャ人の脳関係のドクター。ギリシャを中心に物事を考えられている方なので、難民問題に関しては、情報収集をしているわけではない。貧困問題について、どのようにお考えなのかを明日のミーティング時に聞いてみようと思う。

 

夜は、フライトクルーズで合流した人々のための特別な宴を船長の一言で設けていただくことになっていた。

場所は同じだが、料理のみ特別ということで、ドレスコード発令。

なんだかんだ文句ばかりの人も多少いるが、新たに参加者と交流させてもらえる機会を作っていただいたことにとても感謝した。

ピースボートはほとんどの方が常連さんになるとのことだが、なんとなく理解できた。

大半が、現役を引退された方が多いため、人生に対する考え方は、異なる人が多い。

合流後の参加者は、毎回1千人を越えるようになったらしい。

いろいろな先輩方の話をもっと深く聞いてみたい一方、ツアーでは見ることのできないことも多くあると思うので寄港地のオプションには参加しないが、夕食時とその後の居酒屋TIMEを大事に使いたい。

 

階段の奥が、一般人の居住地です。

 

相変わらずTシャツ一枚でも暑い。

何より異なるのは、太陽の力だと思う。

日本の日差しとはまったく比べられないほど強く感じる。だから、皆サングラスをしているの?

イタリア人は、キリスト教信者?

今日が日曜だったため、メインストリートのSHOPはほぼ閉店。シャッター等何もないのでここがメインストリートだと説明されてもまったく見分けることができない。

この国も、貧富の差が激しいと思う。広場から奥へ奥へ移動を続けると、建物には違いはないのだが、外壁含め日本で言うところの修繕がまったくされていない。

そして、2m以上もある塀で囲まれた中にある団地(?!)は、まるでメキシコのスラム街の様だった。

本日が、日曜でよかった点が2つ。

ミサを開いている教会が複数あった。中に入り、少し説教と賛美歌を実際に聞くことができた。

 

たぶん迷子になったのだろう。自分の居場所がわからなくなる。出港が早く3時までにもどらなければならない。必死になると歩き続けることができる。しかも休みなく4時間。確実に僕の体は、健康になっている。

昼食のコメント。路上で生肉のブロックを切り売りし、焼いているものを食べた。€2。

脇道で座り込んでの食事中、目の前のやしの木に、どうみてもせいぜい12 or 13にしか見えない子供の運転するバイクが突っ込んできた。よく大破しなかったものだ。幸いにも少年は無傷のようだ?!

だが、きっと兄か親のバイクなのだろう。10分以上放心状態で直立不動で立ち尽くし、倒れたバイクを見つめ続けていた。

そうそう、肉の話、油が乗りとてもうまかった。写真を撮り忘れたことが残念だ。

路上生活者って、こんな感じでの食事なの?

そして言語、英語はまったく通じない。せっかく面白そうな国だったのに少し残念。

 

ディナーのとき、「世界の医師団ギリシャ」アントニス・ロンポスさんとシリア難民についての報告の事前打合せ。

ロンポス先生は、ご自身の志願でボランティア活動を通じギリシャ国内の貧困とシリア難民問題の解決に向けて尽力されているドクター。

ギリシャの労働世代の(20から60位)平均月収は、9万円。失業率約50%。

お知らせボード上で、ミーティング等の案内を書き出していたので、手伝いを志願した

男性2人(70前くらいの国境なき医師団の一員?!と私。)、女性5人(ナース4人、OL1人)の計7人の志願者。

今こうして、書いている私自身どこまで本気なのだろうか?自問自答する。もう一歩中に踏み込んで、自分で努力しロンポス先生の手伝いをしたいのか。単なる好奇心なのか?このままでは、ドタキャンした6人(実際は、ただボードに気がつかなかっただけとのことでした。)と一緒ではないか!

もう一歩踏み込むのなら、それだけの覚悟と継続した協力(努力)が必要なことは確かだ。そうしなければ、また私の欠点のひとつ余計なお節介で終わってしまう。

せっかく一ヶ月も日本を離れ、世界の考え・文化・習慣に触れているのだから、このまま終わらせたくない!外にではなく自分の内側にベクトルを向けてもう少し考える必要がある。

ピースボートの中にも、責任感を持ち、頑張っている有能なスタッフが大勢いることも大切な事実だ。

 

ロンポス先生の講演会。

朝食後、8階へ。バーの中に田中さんと歓談中のロンポス先生と担当のマットを発見。マットが1人だったので、先に昨晩の無礼を謝罪。

今後の取り組みを伺う。新しく乗船されるドイツを中心にジャーナリストとしてご活躍の田中さんとロンポス先生の対談を企画中とのこと。ギリシャにとっては、経済格差だけを比較すればドイツも日本も大差ないと思うからぜひ実現させてほしい。田中先生の回答しだいらしい。実現は間違いないだろう。

僕にとっては、一番聞きたいところだ。

昼食前に事前準備中のロンポス先生を発見。昨晩の謝罪にはじまり、自分の中の人生に対する考えが、ここ急速に変化していることを感じていたので、その旨および今後もかかわり続けたい気持ちがあることも正直に伝えた。

自分の仕事を通して生み出すことができた利益の一部をギリシャに寄付することぐらいしか思いつかない現状もつたえ、先生とのパイプまたお互いの各国へのコネクションを共有することでお互いが幸せになることを相互に確認し、双方、帰国後も協力関係を維持し続けることを約束できた。

先生の年齢からか今の希望は、「大学に戻り、自分のテーマの研究の再開。そしてまた今の自分の役割の後継者が現れること。」

何をどこまで協力できるかわからないが、とりあえず先生のお持ちの資料をすべてメールしてもらうこと。私からはホームページの中に、ギリシャ支援およびシリア難民のための協力を続けることを約束した。

 

ロンポス先生の質疑応答。

ロンポス先生の質疑応答。

特筆すべき事項なし。

パレスチナ難民について自主的に個人で活動されている長山さんをロンポス先生に紹介。

今後(帰国後)お互いに情報を、共有し、協力し合いながらの継続した活動を約束した。彼女からの情報、活動方法等、学ばなければならないことはとても多いだろう。

 

田口さん(ドイツ在住・ジャーナリスト)の講演会に途中参加。2020年脱原発。生活事情・特に税金および福祉医療、教育。

税金が高い分、その使い方もよく考えられていると感じた。はっきりとした見本があるのに、なぜ日本は、見習うということをしないのだろう?

ドイツをEUのリーダーとしてしか考えていなかった自分の無知を恥じた。また、如何に日本での情報公開が、捏造されたものであるのかを再認識させられた。

セクシャルマイノリティーをテーマにした「普通ってなーに」のワークショップ。

LGPTの対応。各国様々だが、ただ器を間違えて生まれてきてしまった人の、カミングアウトするまでの苦悩。日本では、遅れすぎている現実問題。

質問ひとつとっても、当事者の方たちには苦悩でしかないため、ほっとくか認めたうえで、普通に対応してもらいたかった。

ようやくここ近年になって、社会的にも認められだした。彼ら彼女らへは、当然のごとく「男性は女性を、女性は男性を好きになるものだときめつけること」が、偏見である。日本はまだまだこの事実(彼・彼女)を認めるあるいは受け入れるというところまでも達していない。

一人ひとりの理解からはじめるしかないのだろう。

このようなワークショップでの講演をもっともっと増やしていってほしいと思うが、現役を退いた年齢の日本人にまで、理解を求め、法改正までいくには、現実的には遠い道のりだ。

 

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本日の行動目標。

スラム街探し⇒アルハンブラ宮殿⇒ダウンタウン探索⇒フラメンコ鑑賞

下船後シャトルバスで、モトリルの入り口の案内所へ。

地図をもらい、探索開始。

航空写真から未開発地と思われる山のほうへ移動。20分くらい歩くと、いきなり地山へ到着。

「道路一本隔てると別世界。」

こんなところか、と考えながら次へ移動しようとするが、人がいない。

すれ違う人、集まって何かしている少年たち、駐車場の車に乗り降りする他人。片っ端から声をかけるが通じない。

どこの国でも同じこと? 女性のほうが答える努力をしてくれるが、意味不明? とりあえず分かった振りして、say “Thanks!”。今いるところ、MOTZIL らしい。

幸いなことに、アルハンブラ宮殿の少し南に住む女性(お姉さん)を捕まえることができた。

事情を話すと、「私についてきなさい。」さすが、母は強し。

で、一緒にバスに乗る。

 

ちょっと待って、こんなに遠く離れているの、GRANADA

1時間半くらい掛かるらしい。終点のグラナダまで行くより途中で、お母さんが降りるバス停で一緒に降りたほうが、Alhambra宮殿に近いらしい。一緒に降りる約束し30分くらいお母さんと話していたがもう限界。直後に暴睡。

「もうすぐ降りるよ。」っておこされた直後にバス停に到着した。

一緒に降りようと準備してたら、“You stay here!”との言葉を残して一人おりていった。

あのお母さんは、何だったの? 結局、終点のMonas何チャラで、バスを乗り換え、Granadaのダウンタウンへ2時過ぎ位に到着。

路地裏通りに沢山の飲食店があった。せっかくだからと、パエリアと地ビールのランチ。予想以上に美味い!しかも合計€11。大満足。

それから宮殿見学。

とにかく広い。2時間位かけてゆっくり見学。

宮殿ってことだけど、立地、構造、造りから考えると、戦時中の立派な要塞でしょ。

宮殿と外を隔てる壁は、どう見ても5m以上はあるし、ところどころに30cmくらい4方の穴が開けてある。きっとそこから銃弾を発砲したのだろう。あまり考えたくないことが多い。

さて、今日一番の目的、フラメンコ。ダウンタウンに戻り、路地裏を中心に山の方へ向かう。

途中、ピースボートのツアー組みとすれ違う。

『この時間にここまで来られたのなら、後は大丈夫でしょう。』というような言葉をかけてもらえたので、調子に乗って、さらに上に向かう。

ダウンタウンには、2件しかない。って云われたフラメンコ。刺繍売りの店主さん、すごく詳しく、とても親切。最悪10PMまでに船に戻らなければならないことをつたえると、残念ながら3件目は無理だから下の2件のどちらかで楽しんでね。って。

すっごくありがたく、心まで暖かくなった。

僕も、日本に帰ったら、彼女の対応を真似してみようと思う。絶対にいやな気にさせない対応。こんなに長期間、クライアントに迷惑をかけているのだから。

さて、ダウンタウンのフラメンコ。1件目の1STステージは、7時から。もう一軒は、730分から。ステージ中は、飲食・歓談禁止が本場のマナー。

930分までに戻る方法を確認し、軽い夕食。生ハムと地ビール。代金は同じでいいので、量を減らして。と、お願いしたのにこの量か!夜食用に残りをパックしてもらい店に移動。

フラメンコの起源は、スペインの原住民族・ロマ族らしい。アメリカのインディアンと同じ? 7時スタートの開場時間は、645PM。開店と同時に、店の中に入る。

えっ! すぐに店の関係者が来てくれた。が、今は店の改装中で、あと2週間は閉店とのこと。急いでもう一軒のほうへ移動。

完全予約制で、予約チケットを持っていない客は、席が空いた場合のみ入店させるから、入口横で直前まで並ぶことに。すぐに僕の後ろに列ができた。すごい人気。

運よく入れ、ショーを満喫。

フラメンコ。僕には『原住民族ロマにとって、踊りは、絶望と怒り! ギターは、悲しみ!』のように感じた。

なぜか分からないが、感動のあまり胸が痛くなる。ロマは、ジプシー?何人ぐらい残ってるの?

僕たち日本人も、北海道のアイヌ民族を迫害した歴史がある。純粋なアイヌ人が残っていることをただただ願う。

 

さあ、急いで帰らないと。事前調査の通りのバスの乗車。グラナダの駅で強制的に降ろされた。(イラッ)

もう、タクシーしかない。ドライバーに地図を見せて行き先を伝える。答え、「No!」、なにそれ。時間がないから我慢我慢。駅前のポリスマンに相談、駅の中にインフォメーションがあるからそこへ行けとの指示。

クローズしていて誰もいない。(おーい)

再度、タクシー乗り場へ。まだ同じドライバーが一番前。2台目のタクシーに乗せろと強く言うが、彼が先だからと、乗車拒否!(ふざけるなよ!)

仕方なく1台目へ乗り、地図を渡して動き出す。20分くらい走っていきなりストップ。この先にバス乗り場があるからそこへ行け。と。金はしっかり取られる。超ダッシュ!何もない。

すぐに別のタクシーへ。こいつも先と同じ。1台目のタクシー乗り場で降ろされる。(あ~あ)

タクシー乗り場ではなく、路上で若い運転手のタクシーを選び状況を伝える。€100は掛かるが大丈夫かと聞かれる。金はいくらでも払うから違反承知で船着場へ向かってくれと伝える。

交渉成立。もう930分。とにかく向かってもらう。

ピースボートの連絡先へ即電話。何かあったら連絡するからと。そして、スペイン語の分かるスタッフに代わってくれと頼み、ドライバーに電話に出て、今どこにいて、何時ごろに着けるか説明してもらうために電話を手渡す。

10時過ぎに船の横に着いたが、ドックの中への入り方が分からない。そして、入ったこともないという。また電話。

今度はすんなり理解できたらしく、一旦Uターンし、ドックの入り口から入ろうとしたが、ゲートが閉じていて入ることができない。

一時停止し、ゲートの番人さんらしき人に窓を開けて手を振るだけで、開けてくれた。ピースボートさんが、連絡しておいてくれたのだろう。

ゲートを通過し、ピースボートが停泊中の前まで、若いドライバーが車を進めてくれた。僕だけは笑い話にしてはいけないことだが、タクシーでここまで入ったのは、初めての経験だと嬉しそうにいっている。そして何より、運転中ずっと船の心配をしてくれていたことが、とても嬉しかった。

やっと着いた。

何、この人の多さ。少なくとも10人以上の人が、外で待っていてくれた。自分のしたことの重大さを改めて思い知らされた。

「こんなに大事になるようなことをしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。」

1000人以上の団体行動でのこの失態。俺、いくつ?反省することは当然ながら、なぜ?を深く考えるようにしよう。

 

もう1人、一番の協力者のタクシードライバー。ここまでしてくれるドライバーって、まだ日本にもいましたっけ?

本当にありがとうございました。名前すら伺わなかったご無礼お許しください。

タクシーメーターは、€88と少し。感謝の気持ち、€200を握らせ、急いで車を降りて船へ向かう。後ろで、ドライバーが僕に向かってお礼を言っている。若いけど、本当に気持ちのよい好青年でよかった。彼の車以外だったら、想像しないでおこう。

『ごめんなさい。ありがとう。』

 

追記、この青年の前のドライバー2人。グラナダから出たことがないドライバーだと思う。と青年が教えてくれた。それ以上は、彼は良くも悪くも言及しなかった。

 

お疲れ会。

今日で、ロンポス先生ともお別れ。続きは、打ち上げ後に、

 

クルージングの間に行われる様々なイベント・講演会・自主企画など。

各年代・性別問わず、一人ひとりにとっての今後の人生の指針となることが多い。

僕(今年50)の年代の参加者が、一番少ないと思う。だから、どのイベントに参加しても、必ずそこに得るものがあり、また考えるきっかけ・答えがあった。

まず自分が日本人でよかったこと。日本で生きられることの幸せ。ここまで真剣にこれまでを振り返り、将来設計、そして、今何をしよう?と、思うようになるとは思わなかった。

自分の傲慢さばかりが、思い出される。1人で生きることなんてできもしなかったのに、あたかも自分ひとりで生きていけるかのように振る舞って、他人を見下し、口先だけで押さえつけ、利益を中心にしていた。いまでもその全てが悪かったとは思わないし、そうしてきたことによってやり返されたことがあった。そんな経験も全てひっくるめて今の自分があるのだろう。

“GIVE & TAKE” 先に与えることの難しさ。多くの日本人は、理解していることだ。

少しずつでもはじめてみよう。

自立。あまり自信がなくなった。

コミュニケーション能力。もっと自信を持とう!

他人との関わり。『好きか嫌いか』から、『好きかどうか』。これからも、今まで以上に新しい出会いがあると思う。また万人と付き合う必要もない。でも、相手を不快にさせることは無くしていきたい。だから、この判断基準は、絶対に変えようと思う。

もっとも重要な人生の秘訣。『自分と他人の比較を絶対にしないこと!!!』(いろんな場所で、いろんな人から何回も聞いたことのある言葉。でもこれって簡単じゃないんだよね。)

 

いまこのボートには、1千を超える人が乗船している。僕たち客、運営側のスタッフ、そしてボランティアの人たち。

見たところ年齢は、10代から30代前半が2割(運営スタッフさんたちが、その半分くらい)、30半ばから50代が1割、60以上のかたがたが7割くらい(団塊の世代の終わり頃の方たち)だと思う。実際の日本の年齢の割合の縮図を、このボートがあらわしていると思うが、日本にいるときとまったく異なる点がはっきりしている。

日本にいるといまの若者は元気がない。とよくいわれるが、ここにそんな若者は1人もいないと思う。皆明るく元気で礼儀正しい。一人ひとり全員が、将来を見据えて真剣に考えるためにここにいると思う。

多分7割を占めるであろう僕らの先輩たち。まだまだ物凄いエネルギーをお持ちの方ばかりで圧倒されることが多く、見た目も若い。+10。年齢の話になると本当に当たらない。

このような先輩方にお願いしたい。

日本をここまでの国にするために、本当に多くのことを犠牲にして頑張って働いてこられたことに感謝と尊敬の気持ち以外はありません。

余生を好きなように楽しまれることも大賛成です。

そのお時間の中から、ほんの少しで結構ですから、ご家族以外の方に対しても目を向け、叱咤激励、ご指導していただけませんでしょうか。エネルギーも有り余っています。よろしくお願いします。

 

田口さんとロンポス先生の「ドイツとギリシャの比較対談」も無事終了。

ロンポス先生のピースボートご乗船およびご講演の終了を祝しての打ち上げ。

たった数日のお手伝い。多分この1ヶ月のクルーズの中で、一番影響されることになる時間だったんだろうな。マットも気を使ってくれたのか先生の隣の席に着かせてくれたり。楽しかったな。でも、他の水パの皆ももっともっと先生と話したいだろうと思ったから、「僕はもういっぱい直接話もしたし、今後も約束したことの連絡等で話すこともあるし、再開する機会もできるかもしれないから、他の水パさんにこの席お譲りします。」って、マットに伝えてたら、いきなり横からロンポス先生、”When?  What?  My friend! “ だって!本当に優しいお茶目な先生だったな。(結構しんみりモード突入)

さ~、帰国したらやることがいっぱいできたぞ!“See you again, Dr.!

それから、「マット、ごめんなさい。すき放題、沢山要求したこと、企画の実施、忙しいのに作業増やしちゃって。」

 

ユーラシア大陸最西端。

今日は、ピースボートお勧めの観光地とポルトガルの代表的な特産物をきちんと勉強しての出発です。

お勧めスポット:425日橋、ユーラシア大陸最西端ロカ岬、石畳の小道、エルアルド公園、ベレンの塔、発見のモニュメント、ジェロニモス修道院、シントラ(避暑地)。

 

特産物など:カーネーション(425日をリスボンの春と呼ぶようになった理由、軍事的クーデターを平和的に解決した記念日)、コルクの木(世界のコルクの50%を占める)、スイーツ、トラム(路面電車)、魚介類、ポートワイン、幸運のシンボル「ガロ(雄鶏)」。

ポルトガル語:運命・音楽「ファド」、ありがとう「オブリガード(男性)」「オブリガーダ(女性)」。

さあ出発。リスボンの港に地下鉄の入り口からバス停まですべてそろっている。

今日の目標は、ロカ岬に行って、ジェロニモス修道院を見、コルク製の靴を買うこと。

いきなり地下鉄の切符売り場でトラブル発生。先に下船し、地下鉄乗り場へ下りていったピースボートの乗船客が、駅員と至る所で揉めている。原因は全員、切符の買い方が分からない。すさまじい光景だった。

僕も挑戦、はい撃沈。画面はなんとなく先へ進んでいくのだが、お金(札)を入れると、しばらく固まり、両替されたコインが出てくるだけ。外国人のジャーリストで乗船している人も同じ状況。結構広い駅なのに、罵声まで聞こえ始めた。

さーどうする?7時になり、レンタル携帯のお店に人が入っていったので、オープンと同時に入店し相談。とてもいい人で、一日の行動予定を聞かれたので、何とか説明すると、一日乗り物フリー券ではなく、料金にあわせた金額のカード(€10.50)を売ってくれた。その上、地下鉄マップをもらって、そのマップに乗換駅とフラットナンバーまで教えてくれた。

同船者の方々に、話を伝え、混乱を尻目にさっさと改札通って、地下鉄のホームへ。通勤時間と重なり車内は、日本の電車と大差なし。すごい多くの通勤者。2駅で乗り換えだからそんな苦痛にはならなかったが、きちんとしてまじめな国民性を感じた。

乗り換え方まで聞いておいてよかった。一旦地上に出て、乗り換える電車の駅へ移動。こんなの分かりっこないでしょ。例えは、東京のはずれの押上駅で地下鉄から京成線への移動に似た感じ。(あれっ、いまスカイツリーだっけ?)

まるで東京駅そのもの。こんな立派な駅なの?そこからは終点のシントラへ。

今度は逆に、車内はガラガラ。そりゃ遊びに向かう電車に乗る9割以上は観光客。皆仕事してるよね。移動の仕方、他人への配慮、日本より道徳や教育が徹底されているんじゃないかな。

シントラの駅で、ロカ岬行きのバスを探してたら、「ピースボートの方ですか?」って声をかけられた。女性の3人組。「卒業旅行?」って僕。なんか嬉しそう。3人ともアラサーの社会人だって。そして、事前調査の素晴らしいこと!分単位で一日の行動を調査済み。行程予定が僕と同じ。「1日、同行させて」とお願い。「いいですよ!」。これも、ピースボート。

 

ほっそい石畳の山道を大型バスが高速運転。さすが世界遺産になる街並の素晴らしさ。バスの移動中も写真を撮りたいんだけど、ジェットコースターからは撮影できません。

ロカ岬に到着。どうやら1番乗り。ゆっくり観光できました。

とっても風が強くて、とっても寒い。さらに霧がすごくて視界不良。一瞬の霧がはれる時を狙って写真撮影。メキシコ海流の暖かい海と上空の寒気の寒暖差で、海上に霧が発生し昼の海風で、常に視界不良の場所みたい。

そろそろ次へとバス停へ向かって歩いていると、次々とピースボートのツアーバスが来る。 滞在時間約15分だって。皆さん急いで岬の先端へ向かってる。少しでも霧の少ない瞬間があるといいですね。

 

バスと電車を乗り継いで、ベレンに到着。まずは、発見のモニュメントを見に行きました。今の時間は、2時少し前、皆腹ペコ状態。美味い魚貝類の料理を食べたいけどレストランに入ったら、ジェロニモス修道院か買い物のどちらかは諦めることになる。だけど、空腹には勝てない。広場の出店でホットドックの昼食(立ち食いしながら修道院へ向かう。)空腹に勝る味付けなし。冗談抜きで美味かった。

ジェロニモス修道院のチケット売り場は大行列。全然進まないよー。テープで仕切られたツアー専用の入り口は、渋滞なし。ロカ岬の仕返しかい?!

さすが女性。判断早いよー。このまま並び続けても、ゆっくり鑑賞できそうもないと分かると即次へ。買い物するため港近くのショップ通りへ移動することに。

バスか路面電車を待っていたら、タイムズアップ!ここまで入念に事前調査していたこと、そして気持ちよく同行させてもらった感謝として、僕が持つからとタクシーで移動。15分も乗ってないと思う、料金€10以下。修道院の入場券より安かった。

僕がほしかったのは、コルク製の靴オンリー。取り扱ってたショップは、1件のみ。自分のサイズがなく断念。時間通りに戻ることができました。同行させてもらった3人の女性たちに、「オブリガード!」とても楽しい一日でした。

 

追記:今日一緒にいて感じたこと。女性ってすごい。3人のうち1人の女性と僕は、何とか英語で意向を説明したが、なかなか正確に伝えることができなかった。他の二人は、日本語だけで問題解決してくれました。それから買い物、別の店の売値を記憶し「あっちのほうがいくら高かった。」、「ここ安いよ!」と平然と会話してます。僕には絶対にできない芸当。ただただ脱帽。これも凄い。日本語だけで、すべてディスカウントさせて買ってました。

この国なら移住してもいいな!

 

10.5月21日、22日 クルージング

船内レストラン。

田口先生のご講演「ドイツの暮らしと教育」。

日本よりも不便なことは、沢山あるだろう。ドイツも社会福祉と税金の活用の仕方がとてもしっかりしていることが感じられた。ではなく教えられた。

日本の行政って何をしているの?政治家になって国民から嫌われないように悪政を繰り返し、貴重な税金を、個人の贅沢・豪遊に大部分を割り当ててないですか?

団塊の世代は、もうすぐ終焉を迎えます。一番苦労した方が減り始めます。急速に変化する過渡期に入っています。これからどんどん政治家さんたちにとって、舵取りが難しくなることは分かりきったことです。

使用先・方法・割振り・使用時期。嘘なく真実のみを公言、公表し、実行してください。そのために税金を上げるのなら、上がっても受け入れることのできる世代に移ります。

 

とても感じのよいショップです。

思いは叶う。

また起きました。昨晩から明日はモン・サン・ミシェル修道院へ行くといって回っていた。ほぼ99%のスタッフさんに遠すぎるか無理です。もしどうしてもというならタクシーを使ってくださいといわれ続けた。タクシー代が片道、€460 。なんで払うの?

今朝になっても諦めきれず、下船後もインフォメーションで相談。話を聞けば聞くほど一人では、お金の力以外難しいということを諭された。で、目的地変更を余儀なくされた。もう何処でもいい。進められたコースの資料をもらう。とりあえず、そのバスの終点まで行って、徐々に帰ってこようかな?!

なんて往生際が悪いのだろう、自分のことながら自己中を再確認した。下船した目の前のタクシー乗り場で、無駄に交渉してみた。すると、「You are alone?」。「Yes.」。「You have to stay here!」と僕には理解不能の状態が起きた。そして同時に僕は勝手に、「Excuse me。」単なる思い込みから、ご年配の方に声をかけた。その答え、「私、日本人です。スタッフでもありません。」とのお答え。

「お1人ですか?」、「はい。」で、今日のツアー決定。タクシーを一日借り切るのに、もう1人捜していたとのこと。パーソナルツアーをするのにもう1人でちょうど定員。

定員がそろったからと、モン・サン・ミシェルに向かって出発です。

完全に諦めていた場所へ行くことができるようになった。この船と関り続ける限り僕に悪いことは起こらないのでは?(結構まじめな気持ちです)。

なんで~?僕が通訳兼ドライバーの対応担当のため、助手席へ。(どーなっても知りませんよ!)途中1回トイレ休憩をしてから到着。

このタクシーの運転手。これまた珍しいくらい、気配り上手で優しく聡明な好青年。現役の夜学の大学生。専攻は「ロジカル」とのこと。15分単位で待ち合わせの時間場所を指定しても、多分10分位前には着いて待っていてくれていたと思う。しかも、帰りには彼からスペシャルオプションのサービス。モンフラワー(?)北ノルマンディー地方で一番美しい別荘地にお立ち寄り。納得。おもちゃ箱の中ですね。

お誘いいただきました先輩たち、価格交渉までしていたとのこと。さらにさらにさらに、このオプションの帰りみち、後ろから小声で、「朝比奈さん、港へ直行する前にル・アーブルの街中を一回りしてもらうように頼んでくれる。」上手いよな~、このタイミングで僕に振る?僕が断れないことも計算済みですか???

ドライバーさん、これまた快諾。(ただし、学校には遅れたくないからと車内観光まで。)

まだ、いらっしゃるんですね!

モン・サン・ミッシェルについては、言葉で表現できません。ぜひ、ご自身でお出かけください。そして僕に表現方法を教えてください。お願いします。

今日こんなにも楽しく気持ちのよい時間を分けてくださいました先輩がた、本当にありがとうございました。ぜひまたご同行させてください。

アイデアさん(ドライバーのお名前です)。ぜひ日本にもお越しくださいね。ピースボートにお問い合わせいただけましたら、多分誰かと連絡取れるかもしれませんよ。

雑学をひとつ。日本語の「州」、「Statein the US、「Regeionin UK。ご存知でしたか?

 

不動産コンサル会社の社長さんと。

今日だけは、朝から仕事モードに切り替え。僕の今後の人生の分岐点(?!)になるかも。

3PMにオフィス横のホテルのカフェ待ち合わせ。10時過ぎに出発。初めての電車・地下鉄・バス・タクシーの組み合わせ。

ドーバー駅で路線図を貰い忘れた。「もう一枚貰ってもらえます。」ご協力感謝します。この路線図がなかったら、絶対に僕はここに居ないでしょう。と断言できるほど助かりました。それでも、自分のミスで、行きも帰りも片道4時間掛かってしまいました。路線図がぼろぼろになった書き込みを見ると如何に無駄な時間を使ったか容易に想像できるほどです。

この国の電車の時間管理と正確さには脱帽です。日本の朝のラッシュ時並みに本数が多く、また時間に正確です。といっても2,3分おきに電車が入ってくるのだから正確さについての証明はできませんが。それと、同じホームに入ってくる電車の行き先が異なることにも驚きました。

もし、日本と同じ感覚で駆け込み乗車しようものなら何処に連れて行かれるか分かったものじゃありませんか・・・

旅行中の唯一の一日だけの仕事、僕の想像以上に満足な結果でした。(帰国したら何からはじめればいいのか分かりません。これって絶対幸せなことですよね?って誰に聞いてるの?)

最後になぜ僕が黙っていられたのか、分からない出来事をひとつ。

8時半位に Dover Priory 駅に着いた。あまりの寒さと昼食をまともに取れなかったことが相まって、駅の近くで晩飯を食べて帰ろうと思った。しかしながら、本日の帰船時間は、10PM。船までは、歩いて20分、タクシーで10分弱。どう考えてもゆっくりはできない。残念だけど帰ろうと決心。同じピースボートの方が1人でシャトルバスに向かっていた。聞くと、£5ほどかかるという。タクシー代と然程変わらないらしい。

僕はタクシーで帰るから、一緒に乗っていったらと誘うが躊躇している。ひとりも二人も同じで、僕が払うんだから遠慮しないでいいよ。タクシーに二人で向かって、二人で乗車。とその時、1組のご夫婦が駅から出てこられた。このドライバー、4人乗りだからとご夫婦も一緒に乗車させた。ボートに着くと、2組の客を乗せたのだから支払いも二組分だ!と、譲らない。誰も文句を言わない。僕も傍観。メーター通りの£8は、支払い済み。だから僕らは降りろ。とドライバー。これ以上は。。。

 

13.5月25日 クルージング

かの有名な居酒屋『波へい』

午前中は動けません。休息。

ドイツの脱原発、一般市民団体が、チェルノブイリの大惨事から計画し少しずつ実行し続けた結果がようやく実になりだし、政府も動き出したそうです。

それと、何で日本は、何もしないのかドイツ国民にとっては、理解できないそうです。

 

ブレーメンの街並み

今日は朝からブレーメンへ。電車で片道およそ1時間半くらいでした。まずハンブルクの中心(?)セントラルステーションに。

以外にも、英語が全く分からないという人が多い。駅の中にインフォメーションセンターがあり、世界各国の人が順番待ちで待機。ちなみに僕は、45番目。でも窓口が10以上あるので待ち時間は予想よりもはるかに短い。

案内というよりも、がんがん質問されて何とか答えていると、あなたはこのチケットを買いなさい。いくらです、と請求されチケットが用意されている。効率的なやり方ですが、本当の希望を伝えられなかったり、誤解が生じた場合は、どのように対処するのか見たかったが、時間の無駄は避けたかったので、チケットを受け取り、教えられたホームへ移動。あれっ、傘がない。早速、車内に忘れてしまいました。

後は特にトラブルなくブレーメンへ到着。インフォメーションでタウンマップを受け取り、ブレーメンの音楽隊の像を探して写真撮影。

この街もすごくきれいな街並みです。多彩な色使い、一般道と高速道の配置。人の歩行ルートを第1に考えられた街だと思う。

一通り街の散策終了後、ランチ。最近肉料理を食べた覚えがなかったので、チョビット高級なレストランに入り(ドレスコードを言われたら即退散の覚悟)、ラム肉を進められたが、牛肉料理を注文した。あまり期待してなかった分、満足できました(どの国も量が多いよね)。

食後の散歩を楽しんでから、少し早い帰路に着きました。そのまま船へ直帰。

「またですか?アルコール禁止条例。」

時間も早かったので、ハンブルクのセンターへディナーのために再外出。平日なのに閉まっている店の多いこと。街並み観光もしたことだし、どっかに入るか。

少し小奇麗なイタリアン。メニューが読めない。ホールスタッフが気持ちのよい二人だったので食事もおいしく食べられました。

オーダーした料理は、アラビアータとビール2杯。ビールは、メニュ-に5種類。自分の好みを伝えたところ、残り3種類は、「テイスティングしてからの注文でいいですよ。3種類のビールを少しずつお持ちします。」だって。すぐに少し小さいワイングラスに3種のビールを出してくれた。「他のテーブルのオーダーとってくるから、その間に選んどいて!」って。こんなに気持ちよくサービスしてくれるレストランは、もう日本ではほとんどないですよね。

もちろん、味も最高。そして会計時に、一緒の写真を取らしてもらって再帰船。とても満足な1日でした。

 

15.5月27日 クルージング

順調に航行中

今日の講演、重いものが多かった。

朝一、避難訓練。船の上層階に救命胴衣着用のうえ集合。全員の点呼確認後、非難ボートのあるデッキへ移動。すごく寒いなか、小学校の朝礼のように整列。他の団体が全部そろったところで終了。解散。

ピースボートのメンバーさんお二人の紹介。いまでは、お二人とも、すごく明るくとても親切に対応してくださる方ですが、これまでの人生、事情はそれぞれ異なりますが、壮絶です。お二人ともに本の出版が十分できる人生を歩んできています。本当にピースボートとのご縁があってよかったですね。今後どのようにそれぞれの人生を作り上げていくのか、5年、10年後に、お話伺いたいな。

遺伝子組み換え食品と石油から作られたサラダ油などの危険性・毒性の話。多分一般人にとってはかなり衝撃的な内容。その中にも救いはあり、そのようなものを食することをやめると、健康を取り戻すのにそんなに時間は掛からないらしい。ただしこれは、ネズミやサルの実験結果であり、人体実験を行った結果ではないことは承知しておいてほしいとのこと。

最後は、長崎の原爆投下の被爆経験者の体験談。71年前の被爆時は8歳だったから詳しくは憶えていないらしいが、世界中に核燃料の危険性を説いて回っているらしい。ここで衝撃的な事実。日本は、原発の技術を世界に売っている関係上、ベトナムでの講演予定と、原発の技術売買の話の詰めの時期が重なり、政府から出国を禁じられたらしい。

日本の舵取りって、難しいの?政治家と呼ばれる人のわがままし放題。いい加減、監督官庁が必要でしょ!

明日からいよいよ目的の国、北欧に入ります。まずは、スウェーデンからです。

 

今日って何の日?

朝から快晴、空の色からして違う。何処までも澄んだ空。

バスとトラムを乗り継いで30分ほどで到着。ヨーテボリのダウンタウンは、とても小さい港街。歩いて回るだけなら半日程度で回れます。

スウェーデン最古の鉄道駅「ヨーテボリ中央駅」を一目見てから、行動開始。外国人観光客が途端に増えた。いままで10台のピースボートのバスに対して、1台位しか見かけなかったのにこんなにちっさいヨーテボリでさえ、僕等日本人観光客よりも明らかに外国人観光客のほうが多く感じた。街中から聞こえる声に、英語がほとんどない。いろんなツアーガイドのスピーカー越しの声も何語か分からない。それからもうひとつ。街中至る所の案内看板や道路名の標識にも英語表記がない。スウェーデン語(?)のみ。

ユーロを使えないこともないが、お釣り用のコインがないためかなり割高料金になる。水1本買うにも、やっぱりカードが便利でした。

今日・明日の週末は何かのお祭り?ひとつは、自転車の大会。あとは不明。インフォメーションで、オペラハウスと魚市場について質問するが、魚市場は、10時-15時まで開いているが、オペラハウスについは分からないから直接行けだって。川沿いのオペラハウスまでぶらぶら見学しながら歩いても20分くらい。ポスターや垂れ幕には、526日からは、『ロミオとジュリエット』が演題。開演(開場?)は、12時と14時。って書いてあるのに、すべての入り口がクローズ状態。何人かのスウェーデン人(?)とタクシードライバーに聞くが、答えは2つ。「知らない」。あるいは、「サマータイムだからじゃない?!」。何それ、でしょ。

もう教会は、見飽き始めたし。。。フィッシュマーケットへ向かってぶらぶらと。途中、ピースボートのお姉さんとお母さんの二人組に合流。聞くと面白そうな予定。“I’m following you, today.”。市場でランチ、偶然にも3人とも同じものを購入。ロブスターの身も味噌もたっぷりと入った濃厚でボリュームたっぷりのスープとディップと1切れのバゲットにビール。十二分に満足し、3人全員完食。

またまた歩いてヨーテボリ美術館へ。入館料40スウェーデンクローネも今日はFREE。なぜ?本当に久しぶりにゆっくり時間をかけて美術鑑賞できました。作者不明の壁画や、絵画も多くありましたが、1860年代の古いものほど訴えかけてくる作品が多かった。理屈抜きでファーストインプレッションは、「怖い」と感じるものがほとんどでした。そういった作品の中でたまに出てくる優しい天使の絵や彫刻に癒され出館。大聖堂で、ステンドグラス堪能した後、ボート観光で、陸からみた街並みの反対側を案内されて、帰路に着く。

途中、トラム、バスに迷いつつ帰船。物価の高さに驚いた一日でした。お姉さんとお母さんに感謝、「ありがとうございました。とても満足な時間を過ごさせていただきました。」

 

ロミオとジュリエットの舞台基

船内が暑い。じっとしているだけで汗が出る。二度寝もできず、デッキに涼みに行った。

デッキも暑い。寒いところに向かってるんだよね?

えっ!何あれ?海上に橋がかかってる。スウェーデンとデンマークをつないでいる橋だって。どちらの国が言い出したのだろう?建設費用も含めてよく合意し、竣工させたな。と、人の行動力には、感心させられることが多い。さらに、その橋のすぐ先には、風力発電の風車が海上に10機以上まわってる。脱原発・エコに真剣に取り組むとこうなるのか!

ナチスがやったこと、地球上から戦争という大義名分を利用した殺人行為。ヒットラーは、たった30%の民意で大統領になった事実。国民が自国に関心を無くした結果だ。

日本も同じ、ハンセン病(ライ)の神隠し。どれだけの国民が、隠蔽され、捏造された真実を知っているのだろう。どれも、どの国にも同じことはあるのだろうが、無関心、無行動など対岸の火事として考える限り、「平和」という言葉が実現されることはない。一人ひとりが一つ一つ小さなことから行動し始め、続けることでしか近づくことができないとても大きな問題だ。

僕も帰ったら、よく考えできることから始める努力をしてみよう!三日坊主にしないため、この日記だけでも帰国するまで続けてみようと思う。

ムーミンからの名言:

(1)「われわれは時として、今もっている知識のみでものを見てしまうことがあるからなぁ BY ムーミンパパ」

(2)「うまいとこ見せたがんのは、下手くその証拠だわ BY ミイ」

(3)「やなことは忘れるに限る。おかげでぼくはいつも幸せなんだ BY スニフ」

(4)「そうか、目的に向かって一生懸命やっているときは苦しいときもあるけど、本当は楽しいんだね BY ムーミン」

(5)「あんまり誰かを崇拝するのは、自分の自由を失うことだよ BY スナフキン」

どの言葉ひとつとっても、ひとりひとり違う解釈をするものだし、また同じ人にとってもその時の状況によって異なる考えになるものですね。皆未完成の人間なんだもの、迷い・悩み・失敗しながら前に進めたらいいな。

 

教会がたくさんあります。

無神経な一言。僕も数えられないほどの失言をしてきた。そして、もっと最悪なことは言った本人に自覚がないことだ。この旅で、教わったことは山ほどある。ひとつも忘れることなく、今後の人生の糧にしようと強く思う。

さて、肝心のロシア。この旅で、初めてツアーに参加した。時間配分からコース選択、一切自分で考えることなく観光できるからとても楽だ。

ダウンタウンのひとつだからだと思うが、これがソビエト連邦崩壊後の経済格差の激しい国の姿(?)だとは絶対に思うことのできないほど美しい街並みだ。僕が唯一、他のEU諸国と異なる点を挙げるとしたら、街の中に金色が多く使われているということだけだ。

人々は活気にあふれ、僕らに対しても明るく丁寧に接してくれる。そして何よりの極めつけ。僕らのバスガイド、スピリドノフ  グリエーブさん。勉強熱心で、日本に留学経験もあり僕らのあらゆる我が儘にも怒ることなく一つ一つとても熱心に応える努力をしてくれる僕より18日だけ先に生まれたお兄さん。別れ際、血液型以外を確認した結果、彼が兄で、僕が弟。こんな話しで盛り上がり強い握手で、また日本に来る際には一緒に飲もう!

で、名刺交換。「スパイシーバ! グリエーブ。」

 

ただそこにあるもの:ムーミン

今日もタイトな一日。でも大満足の一日でした。

いくら街の中心とはいえ、電車・バス・トラムのターミナルを全て一箇所に集中させたら旅人には分かりません。折角11時前にそこにいたのに、何で行くのがベストなのかが分からず特急電車に乗れた時には、12時過ぎ。ターミナルでバゲットを買って車内食。

ムーミン谷へは2時頃到着。帰りの電車が、3時過ぎの予約だから正味1時間もありません。ムーミンの展示品の鑑賞、ところでムーミンって何でしたっけ?妖精?かば???     『ただそこにある存在』。ん・・・・・。

やっと、お土産買うことできました。こんな些細なことでも、早く終わらせておかないと結構気になり続けるものですね。

このムーミン美術館ですが、今月末で移転するらしいです。どこに移るのかは分かりませんが、一度は来る価値十分です。すっごく懐かしく、この中にいる時だけは子供の頃に戻ったように心から癒されますよ。

急いで戻って、「かもめ食堂」。映画の撮影時とは若干改装しているとのこと。確かに店主は、小林麻美ではなかったし、片桐はいりのサービスもなかった。店の看板等には、当時の日本語表記が残っているが、今ではフィンランドのカフェレストランとして営業している。お店の看板メニュー(?)ミートボールのベリーソースあえとシナモンロール。どちらも想像以上に美味しかった。特にベリーソース、日本のあの甘―いソースと違って、さっぱり甘く少しパサパサぎみのミートボール(ところで何の肉?)によくあってました。僕は日本のミートボールよりこちらのほうが好きだな。

このかもめ食堂からが時間との戦いだったんです。本日の帰船リミット18時。かもめ食堂到着1720分。オーダーと同時に、1740分にタクシーに来てもらうよう手配のお願いと事前の会計。1730分料理が出てきた。僕は食べるのが遅いほうだとの自覚あり。一生懸命にできる限り早くかつ味わって食べてたら、店員さんからシナモンロールを持ち帰るようにパックしますか?とのお声がけをいただく。このお店、残りを持ち帰るサービスはしていないと聞いていたのですが・・・

お言葉に甘えさせていただくことに。なんて気持ちのよい心配りのできたサービスをするお店なんだろう。と、感心してたらタクシーが来た。精一杯の感謝の意を伝え、タクシーへ。無事、5分前に到着、乗船。

大満足の理由が伝わりましたよね。

でもひとつだけ、一切街の観光はできませんでした。。。次の機会にとっときます。

 

20.6月2日 クルージング

さー、何処に着くのかな?

今日は朝から気持ちがいい。朝食をご一緒させていただいたお姉さんと会話が弾む。止まらない。結局、店内の片付けが終わり、クローズするまで話し込んでしまった。

僕の障害とお姉さんの病気から始まり、日本の未来・政治。戦争・自然災害、ボランティア活動。日本人としての誇り・アイデンティティー。国旗、国家の素晴らしさ。このクルーズに参加したことによる僕自身の変化。お姉さんの人生の転換期の話。物凄く貴重な時間をいただいた。

僕はお姉さんの考えと行動力に圧倒され、お姉さんは、僕の心の変化に賛辞を呈してくれた。昼食の日本そば、大行列。その中にお姉さんがいらしたので、改めて名刺交換させていただきました。また、日本に帰った後も交流を続けさせていただけたら幸いだ。

午後は、キャビン案内からスタート。いまの船、全てが自動で航行するらしい。もちろん紙の海図もありましたが、それすら横のPC画面により詳しく表示されている。

小型船舶とはいえ、1級の免許を所持しているのに全く見方が分からない。海図くらいは。技術進歩のスピードに全く着いていけていない自分自身を再認識させられた。

女優の東ちづるさんが、フィンランドから乗船されていたらしい。普通の人と纏っているオーラは確かに異なる。船内を移動中、偶然写真撮影の集まりに遭遇し、写真撮影を頼まれた。ついでに僕もツーショット。

 

すごくきれいな街でした。

本日も快晴。街の人々は、皆Tシャツ一枚でした。昨日の街の紹介通りのとても綺麗で、カラフルな街でした。でも、始めての人にとっては、すごく分かりづらい街並みです。細かい路地が沢山あるので、何個目を右に、っていう数が合わない。だから、すぐに迷子になる。その度に、尋ねてばかりいたら最後には声が擦れでしまい、また、朝からずっと歩きっぱなしだったので、5時には帰ってきました。それでも、運河クルーズと食事を合わせて1.5時間ほどだったので、7.5時間のお散歩でした(ホントもう無理)。

現地の人と、旅行者を見分けることが一番難しかった。間違えて旅行者に声をかけてしまってもスマホ等で調べてくれたりするので、とても気持ちのよい散歩でした。

今日行ったところ:人魚姫の像(大と小)、アマリエンボー宮殿、運河クルーズ(クリスチャン地区含む)、ストロイエ、ロイヤルガーデン、ラウンドタワー。

ランチ:リズ・ラズというお店で300gのステーキとビール。海外で食べたステーキの中では、1,2を争う美味さでした。日本円に換算すると、5,000円位だから当たり前か!

今日も十分満足な一日でした。

 

22.6月4日 クルージング

奇跡の出会い

レッツまぜこぜ! Get in touch

またの教え。比較、カテゴライズ、思い込み。「プロボーノ:専門家によるボランティア活動」。そして、42日、日本全国ボランティア活動。すべてのものを落ち着かせる色、ブルー。街中すべてをブルーに飾るボランティア・偏見を無くすお祭り。上のことが浸透していない先進国は、日本だけ?!

集団活動、チーム活動が大嫌いだから何でも自分ひとりでつっぱっしって来た。20年以上も前に、この国の考え方はどこかおかしいと感じ、一般NPOとして、ひとりで作った組織が、『Get in touch』、それが今では400名を超える各界著名人から一般市民、障害者等からなる大きな組織となった。

大阪市東住吉の「みんなの学校」。40分ほどのドキュメンタリーだが、同じ題名で映画も公開されたらしい。ぜったいに見ておこうと思う。

今回の旅はなぜか不思議なご縁が多い。東さんの初めての講演の最初の挨拶からすぐ共感。講演後の書籍販売およびサイン会のときからお互い質疑応答が止まりません。後ろで並んでいる方に申し訳ないので、後ほどお声掛けさせていただきます。ということになった。ただし、サイン後の写真で、ハイタッチを希望したら全てを悟られたことにはすごく驚かされた。

僕が今回のクルーズに乗ったことによる人生の変化は物凄いことだ。心身ともに健康になり、かつ僕がマイノリティーのために今後の人生の幾許かを捧げることになるとは、以前の僕では全く考えられないことだ。折角の変化だから、下船したら元の生活に戻ることなく、いまの思いを継続させ実際に活動してみようと思う。

ノルウェーの囚人の更正方法のドキュメンタリーを見た後、本日の最後は、船内漫才M-1グランプリ、6組の出場チームの漫才披露後に優勝者を決めたのだが、6組全部が初めての経験にもかかわらず、まるでテレビで見る漫才と同等のレベルだったため、大いに腹の底から笑わせられすっきりした気分で明日を迎えられそうです。

 

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今日も遠出しますか。7時半に下船。帰船リミット22時。

フロム鉄道、ショスの滝。妖精出没地点。折角前日予習して出かけたのに、電車から降りられず、妖精確認できませんでした(涙)。そのうえ、現れるかどうかも分からないのに、今日は居たそうです。色は赤。見たかった~。この妖精、ボランティアの人がやってくれているらしいのですが、赤・青・白の3色のカラーバリエーションがあって、滅多に出ない白い妖精(?)を見ることができると幸せになれるというものらしいです。

フロム着後は、食事を取ってウォーキング。今日はトナカイの肉を食べました。パサパサした牛と豚の合い挽き肉のような味でした。とっても美味しかったですよ。

で、帰りは、ベンゲル(ピースボートの着船場所)への特急船があるというので、試してみました。大後悔。乗船時間およそ5時間。やることないよ~。フィヨルド観光、飽きたよ~。シート硬くて眠れないよ~。

やっと着いたー!魚市場開いてるじゃん!クラブサラダとお寿司を買って、ビール頼んでその場で晩飯。さっすが~。魚市場だけに全部が美味い。時間がなかったので、味わうことより時間優先で詰め込み、食事終了。急いで船へ。5分前に到着。

とっても疲れた1日でしたが、ま~合格点でしょう。

お休みなさい。

 

ゆっ~くりフィヨルド航行中

初日。特筆事項なし。

91回フライト&クルーズの打ち上げ会。関東と関西の態度の違いが顕著に出る。関東、顔で語る。ずっと不機嫌。関西、すべての気持ちを言葉で表現。納得した時点で、元に戻ってくれるうえ、その不満も既に頭にない。とても気持ちがよい。

2日目。クルーの防火訓練。毎週1回行うらしい。時間は、10分前後。ちなみに僕は、階段エリアに閉じ込められました。

今日の夕食は、レイキャビクで下船する僕達のために全員(ドレスコードまで出るありさま)スペシャルコース。味付け、量ともに普段と異なり、とても美味しいのですが、完食するのに、「ふー、ふー」ため息。その後、間髪いれずにキャプテンからの感謝祭のプレゼント。クルー・ジャパングレース・ピースボートの紹介とスパークリングワインのサービス。気持ちが嬉しいですよね。

そして何より今日はここからが本番。昼間のこと、東さんに声を掛けられ「後でちょっと。。。」、最後まで話す間もなく別へつれられていってしまいました。食事前に東さん発見。「いま大丈夫ですか?」と尋ねると、「10分位なら大丈夫だと思う。」で、「先ほどのことですが?」異論はございません。そして僕から、「『Get in touch』に、関わりたいのですが?メンバー登録等、何かありますか?」、条件は一つだけ。「絶対に本業を優先すること!」ねっ、すごくかっこよくないですか?!

ここで時間切れ。「夜、感謝祭以降も出られるのでしょう?詳しい話は、そのときで。」

そして、感謝祭。「ちょっと、ちょっと皆一緒に座りましょうよ!」ここからは、東ショーの始まりです。「はい、あなたはここ。ソファーに座る東さん。左隣を左手で、パンパン。」この席、ゲスト用ですよ。僕等船上で知り合った仲間全員同席です。東さん贔屓することなく、寄って来られる方皆さんと屈託なく、会話・写真撮影をされていました。最後に、二人一緒の写真を撮ってもらい、別の場所へ移動。あ~、何処も一緒だ。

1030分くらいから、別のところで今なんていうのか分からないけど若者たちが集まって踊りまくっているところがあるからと、東さんたっての希望でまた移動。それなりに人も多く、音楽もガンガン流れているが、誰も踊っていない。すると東さん、「ちょっと行って、ディスコにしてくるね。」との言葉を残し、センター広場へ即直行。すると何、そこにいた若者ほぼ全員、センター広場に集まり踊りだした。このカリスマ性と行動力にも超びっくり。30分以上たっても戻る気配がないので、お世話の方に一言伝え退席させてもらいました。

3日目。今日は、面白そうな講演が目白押し。どんな一日になるか楽しみです。

ドイツ国際平和村ツアー参加者による報告会からはじまる。いままでの僕だったら、全く関心がなかったことかもしれないと思うと、とても悲しく・恥ずかしいことだと思う。この気持ちが、後生ずっと続けば、僕の性格ならば、いろんな活動ができると思った。そしてもう既に僕は実行に移し行動しているらしい。まだまだ自覚はないが、多くの方々にそういわれると嬉しい。

「四葉のクローバーを見つけるために、どれだけ多くの三つ葉を踏んだのか?」なにこのお題目。このひと月を回想させられた講演だった気がする。今の世界、13人に1人がマイノリティーだといわれているらしい。この数字は、きちんとした調査・統計に基づいて公表されている数字とのこと。世界ではそうかもしれないが、僕には、このピースボートに乗船している約1400人、全員がマイノリティーだと思う。もちろん、基準は、LGBTだけではない。お金・権力・ステイタス・プライド・思考・健康、ほか全てを考慮してのことだ。みなが自覚する必要はないが、無関心になることなく、空気同様ありのままの存在を認めるだけでみなが幸せになれるらしい。いますぐにできるかと問われた場合、僕にはまだ「Yes.」と答える自信はない。

最後の締めに、東さんの“Get in touch”の最終講義。プログラム構成が上手いね。

「生きづらさ!」

3人のゲスト(乗船客)と運営側のピースボートからトップの田中氏と先日カミングアウトしたばかりのマット・ダグラス。司会および進行役に東さん。この6名によるパネルディスカッション。

ゲスト3名の「生きづらさ」をひとりずつ話してもらいその内容に対しての意見・感想を両隣等2,3人で話し合い、その感想等を発表し、また、ピースボートのお二人のご意見・ご感想を述べてもらった後、本人の感想を聞くという形式。司会進行役の東さんは、要所ごとに発言しながらすすめていかれた。

ただし絶対のルールとして、「非難しない」、「無礼も、NG」。

内容は三者三様だが、3名とも責任感が強すぎる気がした。そして、相談ではなく、ただ聞いてくれるだけの信頼できる友人がいなかった。本当に今日の今迄、辛く苦しかったようだ。彼らのようにもがき苦しんでいる若者に僕らができることを真剣に考え、実行してひとりでも多くの若者を日本の社会にはばたたせなければならない。それがこれからの社会の変化への一歩になる。

「でもね、」という否定語。「無理解・無関心」は、他人を傷つけるだけ。僕自身、この一ヶ月の間で、どれだけ助けられ、どれほど多くのことを学び、何処まで変ることができたのだろう。これからの生活習慣、他者への対応、仕事、ボランティア活動を通して、少しずつ確認していこう。

 

なぜかしらねど、意気投合。

一通り帰り支度をしてから観光に。ここでは、7時前に下船許可が出たのに、僕の下船は10時半。

可能であれば、間欠泉「ゲイシール」の噴出時の地球の声を録音し、地球の裂け目「ギャオ」を見に行けたら十分だ。下船後、目の前のインフォメーションセンターへ。即撃沈。どちらも遠過ぎて戻って来れないらしい。では、市内観光だけでも。センターの人に、バスでの観光をアレンジしてもらった。

今日は、ここからがすべての始まり。市内周遊バスを電話で手配してもらい、11時まで待つことに。センターの目の前に来るからと、土産を買いながら待っていると超大型バスが時間通りに到着。中には、ドライバーとガイドさんの二人しか乗ってない。確か、8箇所くらいのバス停をちょうど1時間かけて一日8週するとのこと。

人工の間欠泉を見るために、4つ目のバス停で一旦降りて見に行くことに。なかなか見つけることができない。それらしき場所は何箇所かあるのだが。ほとんど人を見かけることがないところまで行ってもない。ひとりで散歩しているご老人を見つけたので、走って聞きに行く。英語が通じない。何を言っているのか理解できない。身振り手振りに、絵まで描いて、どうやら理解してくれたらしい。でも。。。サービス自体を止めてしまったらしい。確かに噴出孔は、どれも赤茶びて錆びきっていた。

諦めて、展望台へ、アイスランド全体が見渡せるように円形状に作られている。ぐるっと一回りした後、バス停へ戻り次のバスを待ちました。あれっ、ドライバーとガイドさん共に同じ人だ。またも乗客なし。『もしかして、貸切?!』

さも当然のように乗り込む。他のお客様、1日チケットを持って当バスへ。なぜか知らぬが、全員拒否。『なんで?』。彼らいわく別会社のチケットだから。バスのマークといい、バスの大きさもほぼ同じ。すると、彼ら、「今日は、モトアキサンのスペシャルチャーターです。」「おいおい、いいのか?」とは思いつつも、甘えることにした。さ~ここからは、僕の我儘が顔を出しますよ。

最初の要求。3人で昼飯を食いに行くよ!始めは彼らも、ばれたら首になるから、それは無理。じゃ、ここでさよならだね。と僕。二人でこそこそご相談。『聞こえてますよ。』

「わかりました。ご一緒します。」、「でも、まずこの大型バスをツアーバスのパーキングに紛れ込ませてきます。」その後、3人でダウンタウンへランチに向かう。「モトアキ、何食べる?」、「僕は、好き嫌いないから、君らが食べたい、お勧めの店に行こう。マックなどのファストフードはだめだよ。ドレスコードは、3人とも無理だし。ぎりぎりのところで、かつ、美味いところ限定で!」

入った店は、アロンの友人がウエイトレスをしているレストラン。結構きれいなレストラン。ひとりだったら僕でも躊躇したかな?ここで、少し彼らについて。

アロン、23歳。このバス会社で働き始めて2日目の超新人。

セロン、28歳。このバス会社でドライバーとして6,7年目だったかな。

「なんだ、俺の息子と変わらない歳か。で、その後、アロンをマイサン、セロンをブラと呼ぶことに。」レストランでは、アロンに「今日は運転するのか?」、「NO.」。で、ビールを2つ注文した。セロンには、「ごめん、今日は、飲ませられないけどがまんしてな!」他のノンアルコールで我慢してもらうことに。なぜ、コーラ? 料理は、メニューの説明が長いから、「アロンと同じものを注文しといて!」。はい!かんぱ~い。(本当に、いいのこれ。)出てきた料理、3人とも違う。人の話聞いてた?ねーアロン。彼ら二人は、鳥の手羽料理。なのに僕だけ、揚げた白身魚のベーリーソース。すっごい美味い。ただ量がね。アロンに手伝わせて完食。魚の名前は、「キャットフィッシュっていうんだって。」帰ったら調べてみよう。味は、たらに似てます。

ハーバーまで送ってもらい、Say「グッバイ!」。結局最後まで大型バスの個人ツアー。最後の寄港地で、こんなビッグなプレゼント。ありがとう!(あの二人大丈夫かな~。)

船で最後の別れを済ませてから下船。皆、名残惜しいけど仕方ありません。気持ちがあればまた会えるさ。

バスで、今夜の宿泊ホテルへ移動し、チェックイン。夕食は、下船前に船で済ませておくよう指示があったので、チェックイン後は、翌日の朝5時集合までは自由時間。今日は4時起き、明日も4時起きなのに、少し飲みたかったので、ひとり街の散歩へ。

おい!アロン。何やった?

多分皆高校生くらいの子。「モトアキ!」の大声2回、ホーン付き。後ろの車。そのうち1台、クラクション。『うるせ~な~!』。すると、アロンと一緒の僕の今日の動画を見せられて、「この動画のモトアキですよね?」原因知りたく、二人拉致して、Caféに行く。間違いなく今日の僕。早速アロンに電話させ、「いまから来い!」。「眠いし、車で30分以上かかるから無理。」との回答。次は店内でビリヤードで遊んでた子が、「モトアキ?」「そうだけど、」。「アロンの友人です。少し待っててくれませんか?このゲームが終わったら一緒に飲みましょう。」、「OK」。早速チェックし、24時間営業のスーパーへ。ビールとつまみを買って部屋飲みしながらもう休もう。往復10分もかからないスーパーなのに、新たに2台。「モトアキ?」なんだ???この不思議な街は。どうやったらそんなことができるの?「ウォーリーならぬ、モトアキを探せ!」ゲームの主人公でした。

 

バッキンガム宮殿前にて、旅の最終日。

早朝から、空路ロンドンへ、ロンドンのホテルへ向かいながら最後の市内観光。明日は、王室のエリザベス女王生誕90年のメモリアルパレードが行われる。

ホテルチェックイン後は、明朝1015分集合まで自由行動。有志数人で、ロンドン市内へ、まずは、急いで“The British Museum”。いくら第2次世界大戦の勝利国だからって、これほどのものを集めて展示しても許されるのもなんですか?(本音です。)その分、見ごたえ十分でした。

夜が更けるほど、人が増え続ける不思議な街をとことん楽しみ尽くした最高の夜でした。

あ~あ、明日本当に帰るんだ!

とっても楽しく、また『平和とは?』についてとことん考えされられたひと月でした。

そのおかげで、新しい人生・これからの人生行路を見つけることもできました。焦らず・諦めず、ゆっくりと確実に一歩ずつ進んでいきます。この旅で、一切会話すらできなかった方々も含めてこの時間を作り上げることができたと思います。本当にありがとうございました。

次は、絶対に僕の一番大切な愛する妻と来ます。

 

91回フライトアンドクルーズ 朝比奈資明 船上呼名『ひなひな』

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